| URL |
https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/MK036202000035 |
| 木簡番号 |
35 |
| 本文 |
思往郷□□〔進上ヵ〕□□□〔櫛ヵ〕木四枝○持□〔丁ヵ〕○/□□□□○土師□□〔部山ヵ〕廣□□/□□□□○〈〉四人□○□□/〈〉○□∥ |
| 寸法(mm) |
縦 |
(684) |
| 横 |
43 |
| 厚さ |
7 |
| 型式番号 |
019
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| 出典 |
但馬集成23頁-(139),木研36-202頁-(35)(但馬木-35) |
| 文字説明 |
「櫛」は、「きへん」に「節」の異体字。 |
| 形状 |
上削り、下欠(折れ)、左削り、右削り。 |
| 樹種 |
檜 |
| 木取り |
板目 |
| 遺跡名 |
但馬国分寺〈KS5A区〉
 
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| 所在地 |
兵庫県豊岡市日高町(旧城崎郡日高町)国分寺字堂ノ前 |
| 調査主体 |
日高町教育委員会
 
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| 発掘次数 |
5
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| 遺構番号 |
SD02
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| 地区名 |
MK036202
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| 内容分類 |
文書?
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| 国郡郷里 |
(但馬国気多郡〈思往郷〉) |
| 人名 |
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| 和暦 |
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| 西暦 |
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| 遺構の年代観 |
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| 木簡説明 |
上端・左右両辺削り、下端折れ。檜・板目。木製品の進上に関わる人名を列挙した歴名。「思往郷」は、『和名抄』にみえない。気多郡に式内社思往神社がみえることから、気多郡の郷名と解されている。「思往」は、『延喜式』古訓によると、「オモノユクノ」(九条家本・吉田家本墨点・中院家本)、「オモヒヤリ」(吉田家本朱点)、「ヲモヒヤリノ」(田中家本)、とみえる。思往神社は、現在の豊岡市日高町中に所在し、江戸時代には赤藤大明神と称していた神社を明治3年(1870)に改めたという(「中村」『兵庫県の地名Ⅰ』)。「思殖郷」(木簡439(但馬集成51頁-439))と同じ郷か否かは不詳で、今後の類例の増加に俟つ。文意は詳らかにしえないが、「櫛木四枝」を持つ丁が「四人」で、そのうちの1人が「土師部山廣」であろうか。土師氏は木簡106(但馬集成19頁-106)参照。 |
| DOI |
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