| URL |
https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/MK009062000002 |
| 木簡番号 |
0 |
| 本文 |
九条五石立里廿三桑原墾田百廿八歩/従此南方/高生郷采女部男庭之墾∥ |
| 寸法(mm) |
縦 |
(486) |
| 横 |
38 |
| 厚さ |
7 |
| 型式番号 |
051
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| 出典 |
但馬集成45頁-(391),日本古代木簡選(木研9-62頁-(2)) |
| 文字説明 |
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| 形状 |
上削り、下欠(折れ)、左削り、右削り。 |
| 樹種 |
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| 木取り |
板目 |
| 遺跡名 |
深田遺跡(但馬国府推定地)
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| 所在地 |
兵庫県城崎郡日高町水上・松岡 |
| 調査主体 |
兵庫県教育委員会
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| 発掘次数 |
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| 遺構番号 |
沼上凹地
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| 地区名 |
I区
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| 内容分類 |
文書
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| 国郡郷里 |
但馬国気多郡〈但馬国気多郡石立里〉・但馬国気多郡高生郷 |
| 人名 |
采女部男庭 |
| 和暦 |
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| 西暦 |
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| 遺構の年代観 |
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| 木簡説明 |
上端・左右両辺削り、下端折れ。板目。墾田に立てられた立札。現状、文字は浮き上がりでわずかに残る。条里坪付と小字地名的呼称を用いて墾田の位置と田積を記した木簡。気多郡九条五里は「石立里」と呼ばれ、23坪が「桑原」であった。「九条五石立里」は、かつての石立村と推測され、現在の豊岡市日高町祢布・国分寺付近にあたり、山本による豊岡盆地の条里復原においても同地、豊岡市役所日高支所のすぐ西付近に比定している(山本「袴狭遺跡出土木簡と但馬国豊岡盆地の条里」前掲)。「高生郷」は、『和名抄』の気多郡高生郷にあたり、『但馬考』(前掲)によると豊岡市日高町の地下・岩中・宵田・江原付近に推定され、式内社高負神社が知られる。してみれば、石立と高生郷とは近接する地域といえる。「従此南方」以下の文言について、「桑原墾田百廿八歩」の南方に接して「高生郷采女部男庭」の墾田が広がっていたともみられるが、他方で「桑原墾田百廿八歩」が「采女部男庭」墾田で、その境界に立てられた札とみる余地も残されている。采女氏は木簡105(但馬集成18頁-105)参照。 |
| DOI |
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| 画像利用条件 |
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