| URL |
https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/6AAFJK33000019 |
| 木簡番号 |
2730 |
| 本文 |
・←五九卌五□□□□□→・←□○□○□→ |
| 寸法(mm) |
縦 |
(225) |
| 横 |
(16) |
| 厚さ |
2 |
| 型式番号 |
081
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| 出典 |
木研4-91頁-8(3)( 平城宮2-2730) |
| 文字説明 |
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| 形状 |
上欠、下欠、左欠。 |
| 樹種 |
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| 木取り |
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| 遺跡名 |
平城宮東院地区西辺
Heijō Palace (East Palace Sector, West Side)
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| 所在地 |
奈良県奈良市佐紀町 |
| 調査主体 |
奈良国立文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
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| 発掘次数 |
22S
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| 遺構番号 |
SD3154
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| 地区名 |
6AAFJK33
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| 内容分類 |
文書
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| 国郡郷里 |
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| 人名 |
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| 和暦 |
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| 西暦 |
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| 遺構の年代観 |
710-790 |
| 木簡説明 |
上・左欠。九々を記した断片。同様のものは、第四四次調査でも出土している(概報六)。西域出土の木簡中に九々を記したものがあり(羅振玉『流沙墜簡』)、中国では古くから官吏の基礎的教養であったことが知られる。学令に算学の教科書として定められている『孫子算経』には、九々が列記されているから、我国でもこのような書物を通じて官人の間に普及していたと考えられる。『万葉集』に「八十一里」(三三三〇)、「八十一隣之宮」(三二四二)など八十一と書いて「クク」と読ませるのは、『文選』などの例にならったものではあるが、やはり九々の普及をある程度裏づけるであろう。 |
| DOI |
http://doi.org/10.24484/mokkanko.6AAFJK33000019
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