| URL |
https://mokkanko.nabunken.go.jp/cnk/MK009063000011 |
| 木简编号 |
0 |
| 正文 |
□〔出ヵ〕納所検納冨次負作田捌段〔九ヵ〕九〈〉三坪内\○右件作田寛治七年貢米未進〈〉□□検□□□〔領如件ヵ〕嘉保→ |
| 大小(mm) |
长度 |
(428) |
| 宽度 |
40 |
| 厚度 |
6 |
| 外形编号 |
059
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| 出典 |
但馬集成47頁-(411),日本古代木簡選(木研9-63頁-(11)) |
| 文字解说 |
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| 形状 |
上削り、下欠(折れ)、左削り、右削り。 |
| 树种 |
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| 木纹 |
板目 |
| 遗迹名称 |
但馬国府推定地
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| 所在地 |
兵庫県城崎郡日高町水上・松岡 |
| 调查机关 |
兵庫県教育委員会
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| 发掘次数 |
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| 遗构编号 |
沼上凹地
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| 地区名称 |
Ⅰ区
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| 内容分类 |
文書
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| 国郡乡里 |
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| 人名 |
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| 日本纪年 |
寛治7年・(嘉保*年) |
| 公历 |
1093;(*)(年) |
| 遗迹的推定年代 |
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| 木简解说 |
上端・左右両辺削り、下端折れ。板目。出納所が発行した返抄。嘉保年間は1094~1096年。富次が請け負った作田八段余の寛治7年(1093)分の未進米を嘉保某年に出納所が検納したことを示す。保安4年(1123)2月14日伊賀国調所返抄に同じ様式の文書がみえる(根津美術館所蔵文書・『平安遺文』1983~1985号)。「田捌段」の所在地は、文意から「九条九里」の「三坪」、「十三坪」「廿三坪」「卅三坪」のいずれかと推測される。出土遺跡の所在地や、この木簡が国府ないし郡家に回収された場合を考慮しても、坪付記載は気多郡のものとみられる。そうであるならば、山本の条里復原によると、現在の豊岡市日高町谷付近の八代川右岸に比定される(山本「袴狭遺跡出土木簡と但馬国豊岡盆地の条里」前掲)。「出納所」は、『新猿楽記』によると諸国の所の一つで、租税・財源の出納を司る所とみえ(四郎)、但馬国府の所の一つであろう。 |
| DOI |
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| 图像使用条件 |
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