| URL |
https://mokkanko.nabunken.go.jp/cnk/6BSRZZ00000019 |
| 木简编号 |
19 |
| 正文 |
・間食市佐官六合○次官□〔従ヵ〕二人一升六合\○三郎六合「○〈〉\□升升升又升請升升〈〉」(重書・他に習書有り)・「〈〉\堀○堀○堀○堀○埋○埋○埋」 |
| 大小(mm) |
长度 |
(192) |
| 宽度 |
(29) |
| 厚度 |
2 |
| 外形编号 |
081
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| 出典 |
◎ 発掘調査報告2025-219頁-19( 西隆寺-19) |
| 文字解说 |
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| 形状 |
上欠(折れ)、下欠(折れ)、左欠(割れ)、右削り。 |
| 树种 |
ヒノキ科スギ属スギ# |
| 木纹 |
板目 |
| 遗迹名称 |
平城京右京一条二坊(西隆寺跡東門地区)
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| 所在地 |
奈良県奈良市西大寺東町二丁目 |
| 调查机关 |
西隆寺跡調査委員会
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| 发掘次数 |
1
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| 遗构编号 |
SX033;SX035
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| 地区名称 |
6BSR
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| 内容分类 |
文書・習書
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| 国郡乡里 |
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| 人名 |
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| 日本纪年 |
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| 公历 |
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| 遗迹的推定年代 |
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| 木简解说 |
官人への間食支給帳簿。間食は激しい労働や夜業の場合に朝夕の間または夜間に給する食で、一般に米を給する。「市佐官」は市司の令史(サカン)か。主典を「佐(左)官」と記した例は正倉院文書にもみられる(天平10年9月27日写経司雑受書幷進書案及返書、続々修第17帙第1巻第6紙・『大日古』七170)。東市司・西市司の場合、官司名として東西の別を示すことが通例で、あるいは、「会賀市司」(『続日本紀』宝亀元年3月癸酉条) のように、臨時に置かれ、東西の別がない市司の官人を表記したものの可能性もあるか。会賀市は西京由義宮造営とも関わるとされ、そうであるならば、由義宮・河内職に関わる官人が西隆寺造営に動員されていた可能性も生じる。11(発掘調査報告2025-220頁-11)にみえる内匠頭藤原雄田麻呂(百川)も、河内職の長官(大夫)に任じられている(『続日本紀』神護景雲3年10月甲子条)。このほか、表裏に習書がある。裏面の「掘」「埋」の習書は、5・6(発掘調査報告2025-220頁-5・6)との関係も推測すべきか。上下両端折れ、左辺割れ、右辺削り。板目。 |
| DOI |
http://doi.org/10.24484/mokkanko.6BSRZZ00000019
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| 相关网址 |
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| 图像使用条件 |
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